祈りにかえて

雑感雑記の文章練習・読書日記・調べもの進捗報告書/140文字以上用メモ

それは誰かの夢であり同時に以下略

 「クリエイターが何かを語りだしたときは大体創作がおろそかになりはじめる」というツイートを見て心の底から同意しました。昔に「ツイートすると満足しちゃって絵を描かなくなる」と言っている方がいて、「ブログはともかくツイートですらいけないの!?」とストイックさの欠片もない私は思ったのですが、まぁ事実なんですよね……このブログとかね……でも私はクリエイターじゃないので。作らない=悪ではないので……。

 でも本当の話、プロではなくアマチュアなら別に作らなくなってもいいのでは?とは思っています。作って何か大きな見返りがあるわけでもないし、自分がおしゃべりしたいならすればいいと思います…

 私はこのブログのおかげで文章が少し上達した気がする!

 

 後ろに1964年オリンピックのポスターが貼ってある!!なんで?いらなくない??いるんだよたぶん

 

 『1964年東京五輪聖火空輸作戦』『ひとびとの精神史1960年代 東京オリンピック』『ひとびとの精神史1960年代 六〇年安保』などを今まで読んできたのですが、1964年東京オリンピックって、日中戦争で流れてしまった1940年東京オリンピックの挫折の後の太平洋戦争と敗戦、そこから高度経済成長に移った中で行われた、あの時代の日本人の「熱烈な成功体験」だったみたいです。アジア初という誇りでもだったし、経済回復が軌道に乗り始めたし、その大きな通過点、成功の象徴だった。

 「コクリコ坂から」の原作は1980年代あたりが舞台らしいんですけど、アニメ映画ではわざわざ1964年前後に設定してあります。これは、映画公開当時の日本と日本人に対して上の時代もあったよ、「上を向いて歩こう」よ、というメッセージだったらしいんです。今生きている日本人(というか宮崎駿あたりの世代)にとって、日本のいちばんの上の象徴は1964年の東京オリンピックです。

 2020年東京オリンピックが、一部の人たちがここまで執着というか熱中しているのは、そういう熱烈な成功体験とか、上を向いて歩きたいという気持ちがその人たち(おそらくその時に若い世代で、今はお上のポジションにいる人たち)にあるんじゃないのかなぁ……と思っています。お金とか個人的な利益もあるんですけど、それ以外の暗い時代の今こそ見たい純粋な「夢」とか「成功」みたいなの。バックにあるのはそういう1964年東京五輪なんですよね(※背中の後ろ側にポスター貼ってあるという意味でのバックではない)。

 

 確かにボランティア休暇とか大丈夫か!?という感じもしますが、それにしても悪いニュースしかTwitterではニュースになってないようなのでそれもなんか悪循環な気がしています。

 

 今日は晴海も横須賀も行けませんでした。無念。

 今日の『死に魅入られた人びと』は265000円と344000円です。