祈りにかえて

雑感雑記の文章練習・読書日記・調べもの進捗報告書/140文字以上用メモ

シャクレミンゴ

あっっっっっついです。今日も変わらず晴海を悩みましたが、ヤベーみたいで行っても行かなくても心情的に大変だと思う。

 

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 大勢の海上自衛隊員たち、若干の脇役、及び日本国民・アメリカ国民の数人、数隻の潜水艦を除けば、本書に名前の出てくる人物・潜水艦は全員死亡あるいは解体されている〔編者〕

 

ぼくの小さな神さま

 

 ※第1部から第8部までの注は、すべてバーミリオン・スナッパーによる

 

第1部 海を越えなかった握手

 

1

 「 海を越える握手 ハンドス・アクロス・ザ・シー 」は、アメリカの愛国心の象徴として有名な「 星条旗よ スターズ・アンドー 永遠なれ ストライプズ・フォーエバー 」を作曲したことで有名なアメリカのマーチ王、ジョン・フィリップ・スーザが1899年に作曲した、とある日の沈まない斜陽国家との友情を謳った、華やかで華々しく華麗な行進曲である。

 

 曲の冒頭は管楽器の音色が――あるいは海を越える友情の風が――テンポ116のフォルテッシモで逆巻くように流れる。通常、彼の行進曲はピッコロのバカに陽気なトリル*1が特徴的だが、それに比べ「海を越える握手」では典雅なピッコロの輪舞とフルートの転調、重厚なティンパニーとシンバルが控えめに唱和する。クレッシェンド、クレッシェンド、ガクッと肩を落とすようなフォルツァート。

 この行進曲は10年前の1989年の米西戦争で、マニラ湾において苦戦していたアメリカ海軍のデューウェイ提督を、イギリス海軍のチチェスター大佐が救援したことにいたく感激したマーチ狂いのスーザ(作曲したマーチは100を超える!)が、「 変わらぬ友情を誓いあおう オワ・フレンドシップ・イズ・フォーエバー 」と記念し書き下ろしたものである。アメリカの崇高な博愛精神と世界すべての国の友人を自称する立場からすれば、それはイギリスだけにではなく、海を越えるすべての国の友にむけられた友情の証といえよう(しかし1896年までアラスカを所有していた現ソ連は、作曲時には陸続きの国という認識の”時効”がアメリカ人の心情ではきれておらず、ゆえにこの友情は当時から今にいたるまで無効であった)*2

 

 しかしながら、実際のところ、海を越えた握手というものは、しばしば打算的で、卑下ていて、俗物的、即物的なものであることを、ミンゴは知っていた。

 それは見かえりを求められることが多い。それはうわっつらの友情の現れ、金銭的問題、外交情勢のためでもある。 それはスキャンダラスな姦計 ザット・イズ・スキャンラダス・プラン 。あるいは潜水艦のたりない国に自国のそれを貸与することであり、そしてその国は日本とアメリカであり、たとえばその上でもとめられる協力、たとえば日本にもとめられるアメリカへの協力、たとえば海上自衛隊にもとめられるアメリカ軍への協力、たとえば海上自衛隊にもとめられるアメリカ軍への対潜目標艦としての協力、たとえば海上自衛隊にもとめられるアメリカ軍への対潜哨戒機の目標艦としての海自潜水艦の協力。

 海上自衛隊に潜水艦を貸与して、アメリカ軍の対潜哨戒機の目標艦として手伝ってもらおうということ*3

 

  アメリカ海軍属のガトー級潜水艦ミンゴ ユーエスエス・ ミンゴ, エスエス―トゥーハンドレット・アンド・シックスティーワン (この艦名は、太陽がさんさんと輝くカリブ海を泳ぐフエダイ科ベニフエダイの通称ミンゴ・スナッパー――陸のうえにつりあげられるとパクパクと口をひらきマヌケな赤っつらを披露することで有名――にちなんでいた)は、この日、これからの己のアイデンティティについて悩んでいた。名誉ある正義と栄光ある神の国(カトリックが20パーセント・プロテスタントが50パーセント・何を信じているのかもよくわからない有象無象*4が30パーセント)アメリカで、ではなく、10年前――主に駆逐艦タマナミや、個人的に名前が気にくわなかったManilaマルを沈没させた*5 という貢献で――その調子ののった横っつらを叩いてやった敗戦国・日本でおのれのおこなうべき使命とやらを、精巧なつくりの機材でできた優秀な頭脳で、主に絶望的な気持ちで考えていたのだった。

 その絶望的な絞首台をあがりきるまえに、ミンゴは今までの人生――もとい艦生を思いだしていた。西部戦線・太平洋戦争を通じて200隻近く建造された潜水艦で、主に日本船団への攻撃、機雷敷設、哨戒、太陽に近づきすぎて羽のとけてしまった(もとい 太陽の国 ライジング・サン への攻撃にむかっていったが帰還に失敗した)英雄・B-29搭乗員の救出、ゲリラ活動の支援など、さまざまな栄光ある雑用に使われた汎用性のたかいガトー級の一隻(59男)として「ミンゴ」は生まれる。なおこのガトー級は、広くは「ガトー」*6(SS-212)から、足をもがれた黒いメキシコサンショウウオのような魚の名〔伊語〕をつけられた「ティル」(SS-416)までをさす。しかしながらその中でも、びっくりするほど下あごが鋭利に突きだしている魚の名から借名され、本人もよろしくそれをものまねネタとして披露していたおもしろネームシップの「バラオ」(SS-286)以降の潜水艦を、敬意と愛情をこめてバラオ級、と呼ぶのが一般的である。

 ガトーは1941年に就役し、ミンゴは1943年2月12日の戦時中――ちょうど日本軍がガタルカナル島から撤退したころ――就役した。いわゆる、すでにアメリカひきいる正義の連合国が戦争で 優勢 イケイケ になりつつあった時期であり、ミンゴはアメリカ国民がリメンバー・パールハーバー真珠湾を忘れるなと開戦よいしょ一発奮起していたという過去の出来事も しらないし フォゲット 、なんならポーランド侵攻も戦争への行進の一歩だった世界恐慌も、狂騒の20年代も、あるいは(歴史にはてんで興味はなかったので)アメリカ人が神の導きで大陸に移ってきたということもそんなに――そして本人は気づいてなかったが、アメリカがうぬぼれた戦勝国になるまえのつつましい、たった少しまえの時代すらも知らなかったのだった。

 

  いい戦争 グッド・ウォー だったな、とミンゴは思っていた。結局のところ、戦争でわが子をうしなった人間をのぞけば(というわけでわが子をうしなっていない潜水艦ミンゴものぞく)、あれは最高に面白い時代だった。アメリカは経済だってたてなおすこともできたし、長かった南北戦争の傷がいえたのは戦争での戦友との団結であったし世界でのリーダーシップをも示せた。戦争にはそれら「よいもの」がいっぱいつまっていた。 それに、単純にぼくら艦艇にとって、戦闘は本能だし、そうそうそうだよ、ああ、でも、それは人間もおなじか、あきずに戦争しまくるもんな、剣呑。

 

 軍隊には、外にはない幸せがある。  ゼア・イズ・ハピネス・オンリー・イン・ザ・ネイヴィ

 

 戦時中のわが輝かしい戦果は、 あまりに偉大すぎて ファッキン・アンビリーバブル こんこんと説明するには長すぎるので、ここではおいておくとして(太平洋に来た、潜望鏡で見た、小難しい国家理想をかかげる国に勝った、おわり)、今はくどく長々とした苦渋の心情と過去の描写――これはおもに現実逃避であった――を終えるときだろう。

 そんなわけで 潜水艦 サブマリン ミンゴくんは今、アメリカ西海岸の都市サンティエゴにあるサンティエゴ軍港の桟橋で、盛大にお別れ会をひらかれていたところであった。お別れ会もといアメリカからの引き渡し式典は、ストライプ模様が美しい米国国旗降下、凛々しい米国乗員の退艦、日本側乗員乗艦まで行われ――今、ジエイカンキ*7がミンゴの艦尾に掲揚されようとしている。ミンゴはそれを横目で見ながら、バラオよろしくあごをしゃくらせて歯ぎしりをしていたが、アメリカの乗組員の一人がそれを見咎めるようにこちらを睨んでいるのを機敏に察知し、アメリカ海軍軍人としての最後のプライドを彼に見せるべくその端整な顔を凛々しく引き締めた。

 艦尾右側の「MINGO」と書かれたプレートを水兵がはずすと、そこに現れたのはなじみのない(ミンゴは数年前の戦争中に、日本でそのフォントが「ひらがな」と呼ばれていることを知っていた)異国の文字――「くろしお」。

 

  ぼくは友情の握手のあとの雑談ついでにさしだす、ちょっとしたお土産のようなものとして、あの国の戦後初めての潜水艦になるらしい。

 今日、このサンディエゴの海は一段と穏やかだ。ミンゴの心もこの瞬間だけは何故か穏やかだった。精神医学はいわゆる恩赦妄想という病像を知っている。すなわち死刑を宣告された者が、その最後の瞬間、絞首のまさに直前に、恩赦されるだろうと空想しはじめることである。かくしてミンゴも希望にからみつき、最後の瞬間までそんなに事態は悪くないのだろうと信じたのであった*8。しかし妄想はしょせん妄想であり、その後の彼らの末路はただひとつである――。

 そう、その太陽に透かされた、血のような色の旗がひるがえったところでちょうど、元ミンゴもとい新生くろしおは、ついに絞首台をあがりきったのだった。 おわり ジ・エンド


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*1:「トリル」=ある音とその半音下がった音を早連続して奏でること。このある種躁的ともいえるバカ陽気なトリルは、我らの行進曲「星条旗よ永遠なれ」に特に顕著である。

*2:ロシア領アメリカ。今のアラスカ州。18世紀から19世紀まで帝政ロシア(現ソ連)は土地に飽き足らず北米にまで領土を持っていた。

*3:当初、在日アメリカ大海軍は訓練への潜水艦派遣をその心の広さからこころよく受け入れたが、訓練頻度が増え、また朝鮮戦争時の極東情勢への対処などから要望に応えきれなくなってきた。そこで日本側の潜水艦貸与要請を、日米相互防衛援助協定において受諾しおおせたのである。

*4:内訳・モルモン教や福音主義、ユダヤ教、個人的な信念、国家、金、あるいは無宗教という宗教など。

*5:駆逐艦「玉波」と陸軍輸送船「マニラ丸」。マニラ丸が沈んだのはマニラ市街戦の三か月前であり、また前述のマニラ湾もふくめ、毎度様のマニラにはアメリカ国民として頭があがらない。

*6:「ガトー」:メキシコ海岸に生息する小さなトラザメの総称から。「ゲイトー」が正しい発音。ゲイ、トー。

*7:自衛艦旗。あの国の軍艦らしき軍艦じゃないフネが掲げる、かぎりなく軍艦旗にちかいもの。

*8:ヴィクトール・E・フランクル『 ある心理学者、 エリン・プスュヒョロギー・ 強制収容所を体験する エーリィブト・ダズ・コンツェントラツィオンス・ラーガー 』、1946年。

 

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 こういうのが書きたいなぁ~~と思っているんですけど、思ってるだけなので早く実行しないといつまでも実行できない。まずいぞ…

 

 どんなに拙い作品・同人誌でも、形になっただけすでに「やり遂げた人」だし頑張っているんだろうなぁと思います。別にアマチュアの趣味だからいいんですけどやるやる詐欺をするのがあまり好きではない…(一応そのつもり)

 あと小出しすると大体書かない書き終えない、というのは同人界でも定評みたいですね。じゃあなんで出した。なんとなく…。

 小説(特に長編)を書く人って本当にすごいなぁと思っています。小説もとい文章って少しの狂いが気になりますよね。絵なら多少は誤魔化せるというか誤魔化せた気持ちになるんですけれど……どう書こうかなとか色々考えているんですけど、今は60年代の世界の艦船を集めるのが先では!?と思いました。まあそれが一番キツイんですが。

 とりあえず100%を目指さず、出来る限りでぼちぼち構成したい…けど、時期尚早だと思う。調べものをします。

 

 同人誌で買って一番嬉しいというか満足があるのが長編小説同人誌ですね。というか長編は良い。再録はまた毛並みが違う。

 

 上記の「編者」とかいろんな設定は、長編小説を書こう!となった時に『アーダ』がブームだったので『アーダ』パロというかノリと構成……もとい手記方式をパクりました。真面目に長編を書いたら私のメンタルが死ぬので…。

 前回の引用の『アーダ』の文章を見れば分かるんですけど、一文一文の情報量が多く非常に読みにくい気がします。でも私は好きです。

 

精神医学はいわゆる恩赦妄想という病像を知っている。すなわち死刑を宣告された者が、その最後の瞬間、絞首のまさに直前に、恩赦されるだろうと空想しはじめることである。 かくしてわれわれも希望にからみつき、最後の瞬間までそんなに事態は悪くないのだろうと信じたのであった。

(『夜と霧』)

アメリカでは一般的に、第二次世界大戦はナチス・ドイツを倒した戦争だからということで「グッド・ウォー(良い戦争)」だったと言われています。
(町山智浩の「アメリカ流れ者」)

 今日の『死に魅入られた人びと』は23000円と31000円です。昨日と0が一つ違うんですけど……最近めちゃくちゃ不安定ですね。