祈りにかえて

雑感雑記の文章練習・読書日記・調べもの進捗報告書/140文字以上用メモ

叙述詩的世界の潮風の匂い

 これは半ば自分への自戒であり、間違っても特定の人への評価ではないのですが、擬人化や歴史を扱うジャンルでは、その実物の「風」や「匂い」を感じる創作が好きです。そうじゃないと所謂名前だけ借りている状況になっている、ということなのかな…とも思っています。

 私の中で「大戦期」は大きく離れた存在で、それは史学科日本近現代史ゼミにいても変わることなくそのままです。知識で戦時下の生活――例えば「ご飯の炊き方」を知っていますが、それは知識や文字の二次元的なものです。「金剛」という存在は半分は文字上の存在でした。自虐が趣味な人間なので言い過ぎかもしれないのですが、その上で言うと今もそんなに変わらないのではと思っています。太平洋戦争を考えても実感がわかないんですよね。

 でも現代艦船のことを考えた時、実感を感じるのか!?と言われるとまぁそこも微妙なんですけれど。横須賀によく行ってるだろ?どういうことだよ。

 太平洋戦争という叙述詩的世界や、現代艦船が泳いでいる見果てぬ海をすぐに思い出して思い起こしてその世界を感じることが難しいです。ただ、一番いいのは映像を見るか実際に行くことだということに最近気付きました。書籍の、紙上であることの限界を最近感じています。二次元に落とすと途端になにもわからなくなる。本ばっかり読みすぎている感。

 出張編集部で「歴史ものなら当時の風俗も描かなきゃだめだよ!」って言われたけど、まずそれを感じていなければ描くこともできない。
 

追記・

 ただ実際におふねを見に行っても、油断すると写真を撮ることに熱中してしまい結局画面の記憶しか残らないこともあります。気をつけよ。